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February 28, 2006

小学校で英語

今朝の東京新聞の社会面に
「日教組の教研集会で小学校での英語の
導入について大激論!」という記事が
でていました。
日教組とは学校の教職員がつくる組合で
教研集会とはその研究集会のことです。
わたしは出身の小学校が日教組に入ってる
先生の多い学校だったので
日教組って言葉を目にすると懐かしくて

つい記事をよんでしまいます。
日教組なら英語教育に関してどう思うだろう?
と思って記事を読んでみたのですが、
おおむね今までに聞いたことのあるような
賛成意見と反対意見があげられてるだけだったので
ちょっと寂しかったです。

娘の通う小学校は国際理解教育の研究指定校なので
英語教育にはずいぶん熱心なようです。
子どもにとって英語の授業は
昔のこどもにとっての体育のように
ちょっとしたレクリエーションの時間という
位置づけのようなので、
ほかの授業をうけて退屈してるよりは
いいかなともおもうのですが、
親の私のほうは
「なんで国際理解だからって
英語を習わないといけないのか?」
「なんで『国際』だけわざわざ時間をとって
理解できるよう教育しないといけないのか?」
といろいろ釈然としない思いをつのらせてます。

文部科学省の国際教育検討委員会によると
国際理解教育とは
「これから国際社会の中で主体的に生きて行く
人に育てるために」
小、中学校の頃に
「異文化を理解しその文化で生きる人を
 受容し、共生していく態度」
「自分の国の伝統や文化に基づく自己の確立」
「自分の考えや意見を発信し、具体的に行動できる脳力」
を育てる必要がある

ということだそうなんです。

余計なお世話だといいたい気持ちは山々なのですが
その辺はまあおいといて、
上に書いてあるようなことって
英語を習ってれば得られることなのでしょうか?

『自己の確立』や『自分の意見を発信し』という
言葉が見受けられますが、
この手の力って、学校から与えてもらうのではく
自分から手を伸ばしてやっと得られるものでは
ないかと思うんです。
それを「このレールに載せとけば
こういう力が身に付くから」みたいに考えてると
ますます自己の確立ができない子が
増えて行くのではないかと心配になります。

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