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April 04, 2006

表現のワークショップ(2)

前回に引き続き、
山田ズーニーさんのワークショップの感想みたいなものです。

(1)でなぜ私がこのワークショップに
参加してみようと思ったかということを
かきました。
「このタイミングでワークショップが
開催されるなんてわたしはついてる!」って
思いましたが、

ちょうど同じ頃、
一緒に仕事をしていた人に
「あ、信用してもらえてなかったんだな」と
思う出来事がありました。
いまでこそ穏やかな口調でかけてますが、
当時の私は、「裏切られた!」と荒れ狂っていて
久しぶりに「怒りに震える」ってほど
怒っていました。
怒っている中で
端で私の仕事っぷりを見てたはずなのに
どうして私を信用できなかったんだろう?
という疑問が湧き上がってきました。

気持ちを鎮めていろいろ思い返すと
(言葉で書くと簡単ですが
ここもすごーく時間がかかってます)
私はこの仕事をする中で
てきぱきと仕事をこなしていましたが
私の考えや私らしさをだすような
仕事は表向きにはしていなかったんです。
自分で構想を練っている最中は
私の考えってのが現れてるんだけど
結局それはこの場にふさわしくない
(いわれたとおりに仕事をこなすことを
要求されていたので)
と余分なところを全部そぎ落とした
形で人の前にはみせていたので
そこから私の人となりをわかれといっても
「与えられた仕事をきちっとこなす」人って
ぐらいにしか受け取れないんですよね。

ここまで想いがいたってやっと
私は自分を相手に知ってもらうってことを
ちゃんとしてこなかったことを理解しました。
縁あって1年ほど一緒に仕事をした仲間に
理解していてもらえないことが
こんなに悲しくやり場のない気持ちだということを
初めて知りました。

今回の仕事は
「私はそうは思わない」ってことが
たくさんあったけど、郷に入っては郷に従えで
ひたすらいわれるがままにこなしてきました。
(ちなみに無償の仕事です)
家で、一人で焦れて焦れてそれでも我慢して
「私も大人になったもんだ」なんて自分を
ほめてみたりしたのですが、
最後の最後になって、
こんな悲しい出来事がまっていたなんて。

いつでもなんでも正直に生きるのがいいなんて
そんな青臭いことをいうつもりはないですが、
自分のためにやっぱり正直に生きたいと
心の奥底から願いました。

ズーニーさんは
「自分にうそをつかない勇気」と書いてますが
そうなんです。
自分にうそをつかないことはとても勇気のいること。
わたしは、人にうけいれられないことを恐れて
引っ越しをして新しい環境になってから
ずっと気配を消すように暮らしてきました。
そんな生活からはなにも生まれてこない。
自分をわかってもらえてない苛立はいっぱいつもる。

だから、ワークショップにいって
勇気をだすきっかけをもらえるといいなって
思ってました。

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