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November 15, 2006

親として

内田 樹, 名越 康文 / 新潮社
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親を殺害してしまったり、
いじめを受けて自殺してしまったり、
思春期の子どもが起こす事件が
特に目につくようになりました。

1人目の子どもが生まれるとわかった時、
私がとっさに考えたのは、
「この子をちゃんと大人にそだてあげられるだろうか?」
ということでした。
当時(今もだけど)私は自分の母親と折り合いが悪かったし、
その他諸々のこともあって
自分を肯定できないでいました。
私は自分の育ってきた家庭しか知らない訳で、
子育てをするのに参考になるっていったら
その1例だけ。
そのたった1つしかない例を私は
「失敗例」だと思ってたので、
何を頼りに子どもを育てていけばよいか
てんでわからず、
不安におしつぶされそうな状態でした。

その後、いろいろな出会いがあって、
いままでどうにかこうにか子育てを続けて来てますが、
今回のいろいろな事件をきっかけに
久々に、その不安だった自分の気持ちを
思い出しました。

私も、多分他のお母さんもそうだと思いますが、
我が子が人から傷つけられて
自分で死を選ぶようなことにはなってほしくないし、
我が子にだれであれ他人を
自殺に追い込むほど傷つけるようなことは
してほしくない。

思春期はいろいろ思うように行かないこともあって、
人生の「冬の時期」みたいなところも
ありますが、
その時期を乗り切って成長していく子どもは
どんな子どもも本当にまぶしい。
我が子にもなんとか冬を乗り切って、
自分の花を咲かせて欲しいと願うのは
親の切なる願いではないでしょうか?

私は、今、何が起きてるのか知りたいし、
親として、自分がどうしていくべきなのか
知りたい。

というわけで、
久々にいろいろな本を読みあさってます。
その第一弾がこの本。

昨年出版されてるので、
今年におきたことについては触れられてませんが、
佐世保で小学生が友人を殺害した事件などを
切り口に今の思春期の子どもたちと
その子を取り巻く社会について
語られてます。
その中で
自分の趣味や、思考を理解し合える他人が
「たった1人」いれば、生きていける
とかかれてありました。
たった1人でいいんです。
何人もの人にわかってもらえなくていいんです。
その1人が友人であろうが、教師であろうが
なんだろうと、その「理解し合えた」と
共感できる気持ちが、つらい状況を耐える
強さになる。
なるほどーと思いました。
これには私も思い当たる節があります。

ちょうど今朝の東京新聞に
教育評論家の斎藤次郎さんが
次のようにコメントを寄せてました。

 

いじめもつらいが、
 それよりももっとつらいのは
 誰にもはなせないこと。
 「大変だったな」と
 一人が声をかければ
 いきなり死をえらぶことはない。


私は、「いじめ」を認める気はありませんし、
いじめには断固反対!ですがその反面
いじめを0にするのは不可能だと思ってます。
ただ、「ある」という前提の中で、
子どもたちがみんなよけたり耐えたりしながら、
その時期を越えて行って欲しいと
願ってます。
いじめられてるときは、
このつらさが永遠に続くのではないかと
絶望しますが、
そのときというのは
人生のほんの1コマにすぎない。
自分が今いるその場所も、
ほんとに限定されたひととこでしかない。
生きてさえいれば、
局面はかえられる。

この本と
斎藤次郎さんの提言は
私を勇気づけてくれるものでした。
















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